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2006年03月 アーカイブ

2006年03月31日

桜とクローン技術

最近お花見日和ということで、外に出かけて桜を見に行かれた方も多いかと思います。日本のもつ奥ゆかしさみたいな良さの象徴である桜は風情がありますよね。

理系同士が集まったお花見となると、『ソメイヨシノはクローンなんだよね。』とか、風情のない話になってしまったりします(笑)。実際、ソメイヨシノはさくらんぼのような実がならなくて、クローン技術以外では増殖できません。クローンという言葉は、遺伝子が一緒である生物を増やすというときに用います。クローンといっても、羊のドリーのような減数分裂を行う哺乳類の際の高度な技術を使用するわけではなく、接ぎ木のような技術で再生させることで、木のクローニングは実現することができます。

今、日本中にあるソメイヨシノはもとをたどれば、一つの遺伝子から変化しずにコピーされているわけで、生物の季節反応などを見るのに遺伝的な個体差を考えなくていいという面白い生物です。自分で子孫を残すことができないという欠点を、自身の美しさを人間たちに認めさせることで、この激変する厳しい世界を生き抜いてきたという面白いバックグラウンドもあります。

ただ、動物においては、老化の原因とされているテロメアがDNAの端っこについているお陰で、こういったクローニング方法での種の存続は難しいとされてはいます。話しすぎるとややこしくなるのでここの詳しい話は割愛します。

カイコのクローンは、母体が卵子を作成するときに、減数分裂をやめさせることで、母体と同じ情報をもった遺伝子を含んだ卵子が一度にたくさんとれたりします。小学生でもできるクローン技術というような何かの特集を見たことがあります。

結構身近なところにクローンなどの技術などが存在するんですよね。 もちろん、いってしまえば単細胞で分裂する生物であるユーグレナもクローンです。

2006年03月30日

生態工学会の紹介

株式会社ユーグレナは、会社としてもアーリーステージながら可能な範囲で社会貢献をしていこうとも考えています。再生紙を使うといったエコと称される活動をすることものも一つの社会を考えた活動内容ではあるのですが、社会に既存の研究成果のナレッジを浸透させていくことも、社会の持続的発展の一助となるシーンも少なくないです。

今回、賛助という形でサポートさせてもらおうと考えているのは『生態工学会』という学会です。知り合いの先生方も学会の運営や参加という形で関係していて、掲げるテーマの理想も高いところにある非常に魅力的な学会の一つです。

以下紹介です!

 生態工学会の活動

 生態工学会は、工学的手法を駆使して、物質循環の仕組みを解明し、人類と共存できる生態系を維持していくためにはどのような行動指針を持たなければならないかを追求していきます。
 また、将来の有人宇宙活動や月面・火星基地などにおける生命維持につかわれるであろう小規模な閉鎖生態系も研究の対象としています。

 生態工学会の理念

地球はその重力によって物質的に閉鎖された空間を形作っています。その環境は、数十億年という長い年月を経て、発生、進化、消滅を繰り返してきた生物たちによって作られ、数多くの生物種からなる生態系の働きで維持されてきました。
いま、人間のあまりにも急激な経済活動の発展に起因する資源の乱用と大量の廃棄物の放出によって、調和の取れた生態系の存続が危うくなっています。
このかけがえのない地球で人類が継続して生存するためには、人類の活動が自然生態系に調和することが不可欠です。生態工学会は、自然生態系に調和した持続可能な循環型社会はどうあるべきか、を追究します。

 循環型社会とは、食糧や資源などの安全で有効な生産と活用そして再利用による自然環境に負荷を与えない物質循環がなされている、温室効果ガスや環境ホルモンなどの有害ガスを排出・蓄積しない再生可能なエネルギーの生産と活用がなされている、そしてこれを可能とする社会システムが機能している、ことによる自然と調和した安全・安心な人間社会です。

 生態工学の研究領域は、生態系における物質循環機能を解明し、工学的手法〔CELSS(閉鎖生態系生命維持システム)、IT(情報技術)等〕を駆使し応用することにあります。

 生態工学会の活動を通じて、生態系の利用と保全、調和の取れた生活環境の創造、そして宇宙空間への進出に貢献します。

http://www.see.gr.jp/index.html
(生態工学会ホームページ)

2006年03月26日

健康博覧会2006

お台場ビッグサイトで開かれた健康博覧会に参加してきました。
水曜日から金曜日まで開かれていてカナリ盛況だったようです。

出店されている取引先様への挨拶と市場の現状理解を主な目的としていたのですが、得る物は予想以上にありました。新技術や新商品を魅力的にみな伝えようとするので、興味持った人が行って楽しめないはずはありませんよね?

協業、その他のイメージがよりクリアーになりました。やはり、パンフレットやインターネットのサイトだけでは、伝えきれないものがあるものですね。実際に、商品をディスプレイしての実演や説明を受けると理解は早くなります。一般的に言われる「百聞は一見にしかず」というヤツです。

サンプルをもらうのに必死なオバサマや、会場に数人しかいないコンパニオンにカメラを向ける秋葉系の人には、多少、辟易することになりました。こういうイベントの性質上仕方ないのかなとも思いますが(笑)
ちなみに、秋葉系のボーイをカッコよく言うと、「エーボーイ」っていうらしいです。

弊社、株式会社ユーグレナも第5回国際バイオEXPOに少しスペースを借りて出店します。
ご興味のあるの方は、是非ヲッチしてみてください。

http://www.bio-expo.jp/

ビッグサイトに行く時間に余裕があるなら船でいくのもオススメです。

アンテナショップを持つということ

先日、とある製粉会社様にお邪魔しました際、独自のアンテナショップを紹介していただき、非常に魅力的に感じました。
アンテナショップとは、自社が運営する自社の製品を売買する店で、主にテストに用いるもので、直営店の中の一種になります。目的は、テストマーケティングと同時に、自社ブランドの直にマーケットに対する軽いジャブ的な売り込みにも使用できます。
当然、サンプル数のかたよりなども考慮しなければならないのですが、トライアンドエラーのサイクルが早まったり低コストで実施できるなどの利点もあります。
新入社員の研修の内容としてアンテナショップにたってもらうと、自社製品を知りつつ自社製品に対するロイヤリティを築いてもらいつつ商品に対する理解(製品のアウトプットイメージなど)が進むというメリットもあるみたいなので、何かうまい形で是非実施してみたいです。
小難しいことをいわずしても、自分達がメーカーであるときに、製造工程から消費者にわたるまでの一つのラインというものをたとえどれだけ小さくても持ってみることの魅力っていうのは、大体の人なら想像できるような気がします。

2006年03月16日

全社戦略とブログ

特に、私が社内で扱う情報はこれからの事業を占うものであり、このブログが見られているか否かに関わらず、公開できる情報が会社の立場から考えると制限されてしまいます。特に、協力してくださっている企業や研究機関に影響が出ないともいえないことも多いので、ストレートに伝えたい内容というのはなかなか伝えられずにもどかしくいる毎日です。とにかく私を含め周りの人間が激動の毎日であるとは断言しておきます。
会社の情報をブログを扱っている人は、サジ加減にさいなやまさてることも多々あるんじゃないでしょうか?

写真を載せるのも肖像権などの関係で最近は特に難しいですし、男性である自分の写真を載せるのもなんですしね。

論文の発表やその他の技術的な報告などと同時といった形で、後手に回って報告することも多いかとは思いますが、長々つきあっていただければ幸いです。

株式会社ユーグレナの広報のブログは、ゆるめに会社の情報を判りやすく伝えてくれているみたいなので、興味のある方はこちらにどうぞ(笑)

広報日記(http://blog.euglena.jp/

2006年03月09日

JETROの排出権ビジネスセミナー

JETROの排出権ビジネスのセミナーに参加してきました。
アークヒルズでご近所さんです。

GIS(グリーン投資システム)
CDM(クリーンデベロップメントメカニズム:Clean Development Mechanism)
JI(ジョイントインプリメンテーション:joint Implimentaiton)
FS(フィジビリティースタディー)
GHG(グリーンハウスガス:Greenhouse Gas)

日本は日本で、京都議定書で決定した温室効果ガスの削減のノルマが課せられるのですが、自国で削減することの他に、ノルマを達成することに対して他国間と絡めて削減することも計算に入れられます。
これは、経済的な合理性を取り入れた画期的なシステムともいえます。
日本で削減しやすい方法をどんどん実施していったとして、削減ノルマが近くなってくるにしたがって、削減しにくい方法でもって削減を実行していかなければならなくなります。
日本で、1億円使ってCO2換算で10000トン削減できる状態のときに、例えば中国では1億円使えば50000トン削減できる状態であったなら、日本で1億円使うよりは、中国である程度の削減を行うということを頑張ってもらうと、世界レベルで考えたときに経済的な負担が軽度に削減量を増やすことができるといった形です。

ノルマ達成のための他国との関係する主に3つのメカニズムがあります。

○ひとつはクリーン開発メカニズムといわれるCDMという方法

先進国が途上国で、温室効果ガスの削減・吸収するプロジェクトに対してお金や技術を出して、その削減量(CER)をノルマクリアに加算する仕組みを利用する方法

○共同実施というJIという手法
先進国同士で共同で、温室効果ガスを削減して、その削減量(ERU)を先進国同士で分割する仕組みを使用する方法

○排出量取引という手法

ノルマ以上に削減に成功した先進国から初期割当(AAU)として資金で買ってこれる仕組みを使用する方法

この分野で先進的な話をしていらっしゃるのが日揮さんであったりします。
フロンガスの分解をやってらっしゃいます。
プロジェクトリスク(中でも特にカントリーリスク)、京都議定書のリスクのヘッジがとくに重要であると考えていました。

エネルギーとして世界レベルでいまだ石炭は4割?とされていたりします。
いろいろ知識として蓄積するところも多いですね。

個人的には、ビジネスとしての採算を確かめる数字がもっとたくさんあればイメージがわき易かったので、今後はそういう展開に期待したいです。

セミナー「拡大する排出権ビジネス、動き出す日本企業」
~京都メカニズムの動向とビジネスチャンス~

2006年03月08日

統計学と研究

大人になりきれない大人の研究も世の中にはたくさんあります。

人の発表を聞くと「一回の実験の結果、こちらのほうがいいことがわかった。」
などという結果で収まることが多々あるんですが、統計的に有意といえるかどうかということが重要になってきます。統計的な検証を、予想以上に結構な数の人があいまいにしています。

あるコインを2回投げて2回表が出たからって、
そのコインを投げて必ず表がでるとはいえません。

たまたまなんじゃないの?
ってつっこみにどう耐えられるかが大事になってきます。
検定の方法も様々あるので、それらを用いて統計的に有意な差をあらわしてあげる必要がでてきます。

ここは、自分が納得するだけじゃなくて、すべての人に納得させられるようにするのが大人の研究になってきます。

2006年03月07日

下流社会とインドア派

下流社会という本が少し前に流行って今も広く読まれていますが、やはり有意に顕われるのが、下流派と呼ばれるひとはインドアなことが多いらしいです。
自身も覚えがありますが、やはり気持ちが外向きでないときは、家をでないで、そのときは相対的に成長のチャンスもすくなかったように思います。将来、子育てをするような機会があったら、テレビは一日1時間しか見せずに外にたたきだすつもりです。ただ、たたき出すだけでもいいのですが、彼らが何か外で得てきたか聞き出してあげたり、それについての提案などをすることで、彼らが外で得た経験の価値には気づかせてあげたいです。
まあ、こんな話も、自分の少し内向的だった時期へ反省するところによるものです。はい。

別に下流が悪いとか上流がいいとかそういう問題で片付けられないところが、現実の社会としてもおもしろいところでもあるんですが、とりあえず上流から下流にシフトチェンジが容易なので、特に理由がなくても上流をめざすのがよいのかなぁと漠然と考えている毎日でもあります。

まあブログの内容も最近ヨレヨレな気もしますが、更新することが大事だって事でお願いします。電車での移動中に特に何もないときは最近ブログの内容をパソコンでメモ書きしています。

今日の一言
「ユーグレナ一粒で300メートル」

木造住宅のメリットデメリット

木造住宅はCO2の貯蔵庫?

 温暖化が進む際に森を増やしてもプラトーに達すると吸収しなくなるので、生い茂った木をどこかにCO2に戻らない形として地球上のどこかにおいておく必要があります。その中で、木造住宅はCO2を貯蔵する形とする新しい考え方があります。

 それらに興味を持って、木造住宅について見たり聞いたりした内容をここに示してみます。

木造住宅について家庭環境に及ぼす影響

興味深い点として、家族のつながりを保つことに対して昔のほうがすぐれていたのではないかという意見がありました。昔の木造建築物は、間仕切りがふすま等で家族とのコミュニケーションのとり具合が現在の鉄筋コンクリートの住宅と異なっていました。家族のコミュニケーションは、昔共有する情報がそれほどなかった、情報化社会ではないので、人づてに学ぶことなどが多かったことなどがあげられます。必要な情報に、子供が密閉された空間から言葉を発さずに情報を得られる時代である一方、社会のスキームの中で人が生で接しなければならないシーンが存在してくるのが現状です。情操教育の根幹は、やはり親子のコミュニケーションに主にあると考えられるので、教育に重きをおく家庭は、やはりふすまのような間仕切りがあり、ふすま一枚向こうで何をしているのか、なんとなくわかるような関係が求められている気がします。

実は、火災に強い?

 接着剤やビニール系の素材を使わず溶け出すものが少なかったりすることで、相対的に木造の住宅もそこまで燃えにくいとされています。木は燃料などに使われていて、燃えやすいと思われがちなのですが。私自身の、火災の焼失がおこりやすい地域の研究を手がげた経験から語ると、燃料の量、含水率、酸素の供給量、が主に燃え広がる原因になります。酸素の供給が多い3次元構造だとやはり燃え広がりやすくはありますが、融点が高かったりすることで燃えるにはソコソコの時間がかかります。家具の配置なども意外と大きな要因となってくるようです。

実は、地震にも強い?

 柔らかいものが剛を制すというように、ショックを吸収する構造があるとするなら、木材の家が地震に強いのも理解には難くないです。ブタ3匹の子供が狼の襲撃をさけるために(?)33様の家を建てるのは有名な御伽噺で存在します。ワラぶきの家に対して、風での圧力に負け、木の家も負けてしまうというエピソードですが、構造の仕組みさえしっかりすれば、木の段階で外部からの圧力に強い構造にすることも可能だということになります。もちろん、木材住宅に関する研究も先生方によって日々進化しているものなので、昔から残っている銀閣寺などの寺が改修を重ねているとはいえ、現存していることから、それ以上の耐久をもった家を作ることも理論的には可能だと考えます。


ツーバイフォーって?

ツーバイフォーは画一的な規格の木の材料で作った家のことをいうらしいです。ツーバイフォーのシステムはレゴブロックのようにある程度デフォルメされた積み木のようで楽しそうです。限界まで画一化した素材を組み立てて、平均のコストが安くなるのは容易に納得できました。頭の中にある知識だけの感想ベースで考えられる範囲を記載します。

価格に関する考察

自動車産業で10倍生産すると価格が半分に抑えられる法則というものを、電気自動車を作っている先生に聞いたことがあり、納得した覚えがあります。その理由は、型を作るための固定費が生産量をする量で割るために、小ロットだとコストが重く乗ってきてしまうということでした。先生の作られた電気自動車は2台で3億円でした。200,000台つくることができたなら、(1/10)の5乗ということで価格が(1/2)の5乗になるということで、つまりは32分の1になることが考えられ、約1000万円ということになります。それでも高いですが、スケールメリットの大きさがよく感じられるケースだと認識しています。

今回のツーバイフォーも価格に寄与する工程を考えたときに、木を切り出し⇒集めて⇒目的の形に削って⇒運ぶ⇒組み立てるとなります。それぞれのフェイズでツーバイフォーのメリットを生かすとすると切り出す段階では、日本の建築などに比べて結構細かくしてしまってもかまわないということで、切り出す対象や切り出し方でいろいろ選べます。次に集める段階でも、切り出し方が最小単位に近いので運ぶ段階でのスムーズさと収集し終わった際の保存の状態もかさばらないものになります。在庫コストは、一般人の感覚だと軽視されがちの用ですが、倉庫の償却その他で結構なお金がかかると聞いています。ツーバイフォーの元となる木材の形に切り出す方法にもコストを低価格で抑える仕組みがあります。基本的に画一的なものを作るしかも形がシンプルということでラインが必要最小限で抑えられる、他の住宅の素材の加工の工程を踏むほど人の教育が必要でなく、人材の確保も最小限のものでよくなります。加工済みの材料はさらに運びやすい状態になっていて、海も越え、輸送費の削減にもつながります。丸太のまま運ぶ効率と比較すれば一目瞭然だと考えられます。組み立てに関しては、一部の材料に欠品がでた際などに、すぐに流用がきくなど機会費用を失わないような仕組みになっています。

素材のもつ可能性

 レゴブロックで家を作った経験は、男性ならばだれでも持っていると思います。世の中では、シンプであるにもかかわらず、創意工夫が生かせる表現力をもった画期的なおもちゃと判断されています。ツ-バイフォーもレゴのブロックのような素材の性質を持ち合わせていて、基本的に角型で素材同士が直接ひっつけることが可能だという特性を持っています。経済合理性や、オーダーメイド、画一的な設計図すべてに、メリットを持つ点から、かなりベーシックな市場を確保するに至ったということになるのでしょう。

 今もあるかとは思いますが、ツーバイフォーのカリスマ住宅アーティストがでてきて、世の中を席巻するような形も面白いかもしれません。

ということで、他分野のことに少し足をつっこんでみました。

2006年03月04日

リアリストと映画

映画を見るにあたってどこまでリアルかといったところが多少気になってしまうものではないですか?シニカルな見方をすると、製作者の意図とは違った方向に思考が飛んでいってしまって、見るほうとしても面白くなくなってしまいます。

一例として、でっかい猿が人間の女性に恋をする映画なんかも、見ていたら猿は女性をつかんでぐるんぐるんふりまわしていたりする。これはムチウチになってしまうと目を覆いたくなってしまったりしてしまいます。
あと、主人公にかなり無理なアクションを連続して成功されるとコイツは無敵だと途中からわかってしまい緊張感が0になってしまったりします。

非現実なことにも、ちゃんとした前提があってそれが有機的にロジックだってつながってると見やすいことになります。少し前にはやった、恋愛系の映画で、蘇ったと思った人は実はタイムスリップがかかわっていたなんてオチなのは案外すっきり受け入れることができました。

私が提案する映画の形としてマルチエンディングなのが面白いかなあなんて考えます。これは上映するタイミングなどによってランダムに少しずつ違う映画が流れるとされてると、最後まで緊張感があったりするんではないでしょうか?結論が決まっていないっていうのは見る人をハラハラさせそうです。